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締切り済みの質問

思うと思えるの違い

「・・・わかりかねていたのです。この本に存在理由があるのかさえ疑問に思えるのでした。」(理解するってどういうこと? 新曜社)
この場合の「思える」は「思う」と何が違いますか?

投稿日時 - 2017-10-09 06:41:30

QNo.9383681

困ってます

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回答(4)

ANo.4

「思う」は自分の意思です。

「思える」は…
「実際にそう思って構わないか、その検証は省くが」
「そう感じるし、そう思うことができる。」

…そのような感覚、考えの結果や可能性を、一言で言い表した言葉です。
「思う」という自らの意識は表明せずに、
第三者的な立場から、一般的な可能性という形で表現してます。

投稿日時 - 2017-10-10 05:37:47

ANo.3

No.1の補足。
断定の強さの段階。ただし,個人的な言語感覚も反映しています。
・存在理由はない(最強の否定的な断定;ぼくはこの表現を好む 笑)
・存在理由はないと思う
・存在理由はないと思える
・存在理由があるとは思わない
・存在理由があるとは思えない
・存在理由に疑問がある
・存在理由に疑問があると思う
・存在理由に疑問があると思える
・存在理由に疑問があるように思う
・存在理由に疑問があるように思える
・存在理由に疑問があるようにも思う
・存在理由に疑問があるようにも思える(そんな曖昧な意見は書かないほうがましだ 笑)

投稿日時 - 2017-10-09 10:19:01

ANo.2

ニュアンスの違い。
「思える」の方が弱い。

投稿日時 - 2017-10-09 08:36:34

ANo.1

「思う」は,断定的な表現になるでしょう。「存在理由があるのかさえ疑問に思う」と書くと,ほとんど存在理由を否定したように読めます。「それじゃあ,こんな本なんか出版しなきゃ(読まなきゃ)いいじゃねえか」となります 笑。

「思える」は,なんとなくそう感じるという意味になり,断定を避けたあいまいな表現です。それは,自分の判断責任をぼかした表現でもあります。「存在理由があるのかさえ疑問に思える」だと,読み方によっては存在理由があるかもしれないという,いくらかの余地を残しているように読めます。このような無責任な表現は,学術論文では避けます。

投稿日時 - 2017-10-09 08:36:15