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解決済みの質問

重慶爆撃 この写真についてわかる方教えてください

この写真は中国のあるサイトで見つけた日本陸海軍による“重慶爆撃”の被害写真です。有名な『1941年6月5日の爆撃で防空壕に殺到して亡くなられた人たち』の写真と同じ場所、ほぼ同じ時期に撮られたものの様でなんですが、おかしなことがいくつかあります。

(1)背景の家々に爆撃を受けて壊れたような屋根もすす汚れもみえないこと。

(2)ご遺体の大半が下半身の着衣が無くなっていること。

(3)共産党軍兵士と思われる服装の人物が数名写り込んでいること。

(4)真ん中に倒れている妊婦の方の髪型が日本の女性の髷結い酷似していること。

この写真は本当に重慶のものなのでしょうか?

たしか1941年当時に重慶には共産党軍は居ないはずです。何かこの写真に対する情報をお持ちの方お知らせください。

投稿日時 - 2018-03-14 23:39:39

QNo.9478054

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

昨年5月、日テレで「NNN 2017ドキュメント 戦争のはじまり 重慶爆撃は何を招いたか」という番組があり、録画を残しています。
日本軍による重慶爆撃がテーマですが、この写真の場所を捜しだして、特定しています。

以下、録画の要約です。
取材班は、米国の週刊誌『ライフ』1941年7月28日号に掲載された一枚の写真(この質問の写真と酷似)の場所を特定していく過程で、もう一枚の写真(この質問の写真)の存在を知って、背景から特定することができました。
ライフの写真には、背景の民家や階段に立つ人物の姿は写っておらず、写真全体に死体が転がっています。
2枚の写真を比べると、ライフの写真より質問の写真の方が死体が多いのですが、死体の転がっている様子・位置はまったく同じです。
写真を撮った時間が違うから死体の数が増えたのだろうと取材班は推定しています。

空襲警報で防空洞に逃げ込んだ民衆は、圧死または窒息死したとしています。
ライフには、「4千人の重慶市民が防空洞で窒息」の見出しで、
「階段の頂上で積み重ねられた死人は、パニックの中で自分や他人の服を引きちぎっていた」
とあります。(私の訳ではなく画面の説明文)
取材班は、重慶市や被害者遺族の協力のもと、この写真の階段を特定し、防空洞を特定しています。
小高い丘に人工的に掘削された、地中深い洞はほぼ原形を留めており、中に入った取材班は、換気の悪い洞内で湿っぽい空気を感じています。
奥深い洞内から死体を引き摺り出した経験者の話もあります。
どこの出口から死体を引き出したのかを経験者に聞いていますが、狭い上り階段のある通路でした。
服が破れたり、下半身がむき出しになったりしている訳がよくわかりました。(私の感想)


取材班は、防衛省に大量保管されている重慶爆撃の戦争詳細報告(詳細な着弾図多数あり)をつぶさに調査して、日本軍が重慶を焼夷弾で無差別爆撃するに至った過程を検証していました。
5年間で200回以上爆撃したそうですが、この写真の地区ではまだ爆撃されていなかったのかも知れません。
背景の家々に爆撃を受けて壊れたような屋根もすす汚れもみえないとの疑問ですが、空襲警報のサイレンと同時に一目散に防空洞へ逃げ込み、入口を塞いだ結果、窒息死したのかも知れません。
先の大戦で防空壕へ逃げ込んだ経験はありますが、大人の人がすぐに入口を塞いでいました。

投稿日時 - 2018-03-17 14:20:45

お礼

ありがとうございます。するとこの写真は重慶で間違いないのですね。
東京大空襲の黒こげのご遺体の写真も生々しくて悲惨なものでしたが、殺到したための窒息で亡くなられたのであれば焼かれていないのも、その様なところから引き出されてきたご遺体なら着衣が乱れているのも納得がいきます。ご遺体を調えることもなく日本人からみると投げ捨てるかのように置いてしまうのはおそらく民族性の感覚のズレなのでしょう。

できればその番組を私も観てみたいと思います。ありがとうございました。

投稿日時 - 2018-03-17 16:35:36

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回答(2)

中国人のふりをして、あるいは本物の中国人を雇用して捏造写真で南京虐殺や重慶爆撃や慰安婦問題を語らせたら一枚の捏造写真以外の写真もニセということに出来ると、情報戦をやってるつもりの右翼がいるのでしょう。
どこの国も似たようなこと「過度に戦争被害をアピールして疑わしい印象をもたせようと工作する人」が紀元前からいます。
古典的な手でバレバレです。
日本の立場が悪くなるのでやめてほしいです。

投稿日時 - 2018-03-16 21:56:56

補足

いろいろ調べたところ有名な方の写真(生存者のまったく写っていない写真)は1942年に米国LIFE誌が掲載したものだそうです。私が出した写真とは角度的には撮影位置が微妙にずれているのと、残っているご遺体の形状が合っている(角度的なズレまで)為、二枚の写真が同じ時期に同じものを撮っていることは間違いないそうです。つまり捏造でも、右翼どもの造作が加えられた形跡もないということです。当時すでに激しい日本批判を繰り返していたLIFE誌が出した写真と同じならばその辺の作為は考えなくていいと思います。また、南京虐殺の写真説は1998年に中国系米人画家が、LIFE誌の写真を元に南京大虐殺という絵を描いており、そこから南京虐殺の写真と誤って紹介されているという話を聴きました。

投稿日時 - 2018-03-17 09:40:47

お礼

ありがとうございます。私も気になって海外ではどのように紹介されているか米国や韓国、中国のサイトも覗いてみていました。

米国では従来の著名な方の写真(周囲の人たち、背景の街並みが写っていない、妊婦含め階段下部のご遺体が回収されている)を挙げて重慶爆撃(1941年6月5日)の際の写真として紹介しています。
https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Casualties_of_a_mass_panic_-_Chungking,_China.jpg
韓国も米国と同じ写真を「南京虐殺」の証拠写真として挙げています。
http://m.blog.daum.net/_blog/_m/articleView.do?blogid=0ZRBV&articleno=782
中国では新華社通信が海外向けに、やはり重慶爆撃の写真とし、七年間トータルで76万人も亡くなられたと報じてます。
http://www.ecns.cn/m/visual/hd/2015/07-18/71436.shtml
他、中国のサイトでは南京虐殺の写真、重慶爆撃の写真、あと通州事件で日冦に対する勝利の写真として提示しているサイトもあります。
こうやって観ていると仰られる『右翼の捏造』は利用している右翼が見当たらないに近いし、どうもなさそうです。また通州と南京ではこのような山の麓みたいな地形ではないそうなのでそれも消せそうです。山があるという地形に当てはまるのは重慶の可能性が高いですが、それでは綺麗な街並みと人民軍兵士(?)が説明できなくなります。(ご遺体の形状からしたらむしろ通州が該当してしまいます)
したがって本当はまったく違う時、違う場所のもの(日本軍が絡んでいるのかどうかも含めて)ではないかという気がするのです。

投稿日時 - 2018-03-17 05:22:37