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見知らぬ言葉の習得は、最初何から始まるか?

言葉の習得に関して、興味が有ります。
日本では今の時代、英語は早ければ幼稚園で、或いは遅くとも小学校ないし中学校から教えられるので、程度の差こそあれ多くの方が、それなりに覚えられていると思います。
これは教師から体系的に教わるので、比較的楽です。
しかし大昔に言葉の違う見知らぬ人間同士が、例えば無人島で出合った時に、互いの言葉を理解するためには、最初は何からどのようして理解(つまり、翻訳が)し始めるのでしょうか?
つまり辞書も無い、通訳や教師もいない状態で。
そのたまたま出会った、二人っきりの時に。
単純に考えると、互いの名前かなと思いますが、、、
どうなのでしょうか?

投稿日時 - 2018-05-15 11:21:48

QNo.9498617

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回答(8)

ANo.8

 ご質問には色々な場合が想定されます。

1。「大昔」という言葉が、ご質問にあるので、まずその時代ですが、初めは、言葉が一つで、外国語がなく「見知らぬ言葉」もない時代だったのでしょう。

2。50000年ぐらい前になると、下記のように人類の祖先がアフリカを出て、世界に拡散していきます。「見知らぬ言葉」ができるのは、このころからでしょう。
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90

3。その後今から8500年から6000年から前になると下記の左端、九つぐらいの言葉(のちに語族、などに別れるもの)に分かれています。
  http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83
%BB%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%91%E8%AA%9E%E6%97%8F

4。「あなた何者?」と聞かれたら「人間だ」と答えるのは普通です。アイヌ語で「アイヌ」が「人間」という意味なのは、たまたま出会った時のことでしょう。

 世界の言語名には、その言語での「人間」という名前がついているのが少なくないのは偶然ではないと思います。

5。耳から「見知らぬ言葉」が入ると「意味」が欲しくなりますが誤解も少なくありません。

 西洋人が犬を come here と呼ぶと飛んでいくので、カメヤは「洋犬」の意とした横浜英語はその例です。

 ある人が「私」に当たる言葉を知ろうと、書き残した単語に「代名詞一人称単数」と書いておいたのが、後になって「鼻」という意味と知ったそうです。

6。単純に考えると、互いの名前かなと思いますが、、、どうなのでしょうか?

 単純なようで、習慣の違う場所では思わぬ結果になることもあります。『万葉集』に、「われこそは 告(の)らめ 家をも名をも」で終わる歌があります。

 「私になら家名も下の名も教えてくれますね」という「求婚」の歌ですが、これをご主人のいる前で既婚の女性に「名前」を聞くと単純ではすみません。

 ま、それも一緒に習得しなくてはいけないのでしょうけれども。で結局あらゆる場合に使えるコツってのはなかなかないようです。

 

投稿日時 - 2018-05-16 13:31:01

ANo.7

私も金田一京助さんの例を書こうと
思ったのですが複数の方が書いて
おられますので重複を
避けます。

私は少数民族等の集落に行ったら、
金田一さんのスタイルとは
また別の方法でコミュニケーションを
図っていますが…親和の気持ちで
接すれば、交流の糸口は
見つかりますな。

投稿日時 - 2018-05-15 22:07:36

お礼

金田一先生、専門家ですからね。
一般人は、親和の気持ちですか?
身振り、手振りを交えて。
確かに、親しみは湧きますね。
でも、第一歩の言葉は何を出しますか?

投稿日時 - 2018-05-15 22:22:31

ANo.6

多分私なら、まずは自国の言葉で挨拶をして、相手の反応を見ます。
その後、同じものを見た時に、身振りと手振りを交えて、私の国では「石」と言います。
そして、もう一人の人も同様に「This is a stone」と言って、お互いに単語から覚えて、コミニュケーションを積み重ねて理解して行くと思います。

投稿日時 - 2018-05-15 15:22:00

お礼

そうですね。

投稿日時 - 2018-05-15 17:28:49

ANo.5

ものまね、身振りからはじまるでしょう。

相手は何者だろうとこちらも相手も思っていますから、何も悪くない、危害をくわえない安全なものであるというようなアクションをまずするでしょうね。
なにも武器をもっていない、素手である、あなたに危害はくわえない、と笑顔で笑いかけ、自分ののどにむけ手のひらをなんどもむけて、誰それだ、という自分の名前を言うでしょう。この動作は手話でありがとう、うれしいということと同じですが、そんな身振り言語で使われるほど汎用的なものなんです。

相手も名前を言う。そうしたら相手の名前を自分がいい、相手は自分の名前をいう、という物まねが始まります。このものを自分はなんと呼ぶ、とかそういうことを互いにやりあって、相手の用語で説明ができるようになるまで物まねを繰り返します。

相手のコトバでコミュニケーションができるとなったら、そこがとっかかりになりますから何かをしたいとき、訴えたいときにまた身振り手振りをして相手が言うことを聞き取りそれを言い直します。

学校なんかでおそわるよりどれだけ早くコミュニケーションが成立するか、それは一度やってみたらわかります。学校で習うのが一番その言葉ができなくなる原因になります。なぜなら試験をして不合格にするからです。

投稿日時 - 2018-05-15 15:21:26

お礼

いやー、ほのぼの感が伝わって来ます。

投稿日時 - 2018-05-15 17:28:13

ANo.4

十分母語として学び終えた二人の場合,目の前にあるものを指さして何と呼ぶかを互いに教えるのでは。金田一京助がアイヌ語の語彙収集の際、紙に渦巻きか何か、何かわからない図を描き、見ていた子供にwhatに相当する語を教えてもらったという話がありますね。案外早期にホワットを教えあうかもしれませんね。

投稿日時 - 2018-05-15 12:08:38

お礼

金田一先生ですか。
教養高過ぎ。

投稿日時 - 2018-05-15 17:30:16

ANo.3

ヘレンケラーの話が参考になるのでは。物事に名前があることを知るのが始まりだということだったと思います。教えるというのは、自分はこれを何と呼ぶかということを相手に伝えることですね。

投稿日時 - 2018-05-15 12:06:44

お礼

あのヘレンケラーですね。
常人でも大変なのに、更に三重苦はさぞかし。

投稿日時 - 2018-05-15 17:32:05

ANo.2

国語学者の金田一氏がアイヌ語の調査をした時、紙にぐるぐると輪を描き、アイヌの人に見せたら「へマタ」と言ったので、普通こうしたものを見せられると人は「これはなんだ?」というであろうと考えへマタへマタで辞書一冊を作ったと言われています。
私も未開の地に行ったらやってみようと思っています。

投稿日時 - 2018-05-15 12:05:31

お礼

ヘマタ、ですか。
金田一先生、教養高過ぎ。

投稿日時 - 2018-05-15 17:33:23

ANo.1

まず最初は挨拶からじゃないですかね。やあとかこんにちはとかそういう言葉ですね。次がありがとう。挨拶とありがとうが分れば、基本的なコミュニケーションが成立します。
そこから単語を覚えていって、数え方を覚えていって、挨拶とありがとうと10までの数え方と必要な単語があればカタコトで意思疎通はできます。そこから先は語彙を増やしていって、語彙が増えるとどういうわけか不思議と文法も知らぬ間に基本を理解するんですよね。だから最初は「こんにちは。リンゴ。5。買う。ありがとう」だったのがそのうちに「こんにちは。リンゴを5買います。ありがとう」となっていくのです。ここまでくればだいぶ自然な会話でしょ。

「門前の小僧習わぬ経を読む」ってやつですよ。子供は言語を体系的に覚えているのではなくて、音として自然に身につけているのです。質問者さんだって日本語が話せるようになったのは小学校で体系的に教わったからではないでしょう?幼稚園に入る頃には、周囲と意思疎通できるくらいには話せたと思います。

投稿日時 - 2018-05-15 12:02:16

お礼

挨拶、それも納得。

投稿日時 - 2018-05-15 17:34:18